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先の先(武道理論)

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Byblacksabbath1104


先の先

ZOE_8570_convert_20150609144438.jpgネットからの引用です。…(るいネットより)
「名人」、「達人」は、『何かおかしい』という事を察知する能力が優れているといわれます。
その感覚を日々鍛錬しているのです。
「危機を乗り切る」、「課題に応える」には、後手ではなく、先手に切り替えること。
そのために重要なことは、『自分を守る』を一切廃すること。
…とのことだそうです。

普段、私たちは胆力のない人を「驚かされやすい人」「びっくりしやすい人」と考えている。
しかし、武道の世界では胆力についてもう一段深いところで考察する。
普段何か変化があっても、ついそれを見過ごしてしまう。
やがて、その変化が限界を超えていきなり身に降りかかってきたとき、一気にパニック状態に陥る。
そのようにして胆をつぶしてしまう人のことを「胆力のない人」と見るのだ。
(中略)
武道の世界で「名人」「達人」と呼ばれる人は判で押したような生活を送るものだという。
なぜかというと、日常生活のなかに起きる小さな変化を読み取る感覚を研ぎ澄ますことができるから。
東郷平八郎元帥は、あるとき道を歩いていて荷馬がいるのを見て、道の反対側にさっと回って避けたそうだ。
すると、そばにいた人が「武人のくせに、荷馬ごときを恐れるとは」と笑った。
しかし、東郷元帥は「どんなおとなしい馬でも、何かのはずみで狂奔するかもしれない。
道を迂回すれば、無事を保てる。
荷馬に蹴られて務めに支障が出ることこそ、武人の恥ではないか」とすましていたという。
「逸話のなかでは触れられていませんが、東郷元帥が歩いていたのはいつもの通り道で、毎日その荷馬を見ていたのでしょう。
そして、そのときは荷馬が異常に汗をかいていたり、周りにアブが飛んで嫌がっていたりしたか、いつもとは違う雰囲気であることを察知して、危険を回避したのだと思います。
一度も負け戦をしたことがなく、『運のいい男』と評された東郷元帥ですが、そうした変化を察する能力が、きっと数々の戦に活かされていたのでしょう」と某大学の教授は見ている。

この東郷元帥のように、身に災いが降りかかる前に変化を察知して身を処することを、武道の世界では「先の先」という。
一方で胆力のない人が変化を見過ごし、最後に胆をつぶして居着いてしまうのは「後手」に回っているからである。
(中略)
自分を守ろうとすればするほど、相手の出方を窺って後手に回ってしまう。
武道の稽古は、「守るべき私」を廃する道でもある。
「こんなことがなければ」「あいつがいなければ」という気持ちは、その守るべき自分から発せられている。
そうした気持ちを振り払い、後手から先手に切り替えられれば、危機的場面も打開することができるはず。
それを武道の世界では「先の先」という。 
(引用終わり)

指導中、話を聞いてないで行動出来ない子供がいたら「注意力」が足りないといいます。
技が上手でも、変化する周囲の状況を察知できなければ、身を守ることも出来ません。
組手では、色々な人とスパーリングをしたいと言いますが、
同じ人とスパーリグをした方が感覚が研ぎ澄まされるように思います。
伝統基本稽古も同じことの繰り返しですが、それが、とても意味のある事のようです。


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