田村知暖
田村知暖(たむらちはる)
所属:十日市道場
入会年月日:2010年5月27日
昇段年月日:2017年12月3日
空手暦:7年8ヶ月
職業:高校1年生(昇段時)
小学3年生の時「強くなりたい」との思いで入会。コツコツと真面目に稽古を積み重ね順調に昇級。競技試合にも積極的に出場し、着実に実力を伸ばしてきました。高校受験で稽古に参加出来ない時期もありましたが、復帰後稽古を重ねて見事に合格。気合いいっぱいの稽古姿勢は良き後輩のお手本です。少年部の補助指導にも携わるなど、益々の成長を期待しています。

●何事にも一生懸命な人でありたい
「強くなりたい」と母に言ったのをきっかけにして、私が小学三年生の春に空手を始めてから七年がたちました。なぜ強くなりたいと言ったのかは覚えていませんが、強くなりたいならと母は道場に連れて来てくれました。楽しそうに稽古をしているみんなを見てすぐに入会を決めました。人見知りだった私ですが、先生や先輩が優しく接してくれたおかげで少しずつ打ち解けることができました。



真面目に稽古をしていましたが、飽き性の私は同じことを繰り返す基本稽古が嫌いでした。試合に出ても負けてばかりで、一時期空手に行きたくないと思うこともありました。気持ちに変化が現われたのは、小学五年生の時の春季交流試合でした。それまでも「負ける」という弱気な言葉を何度も口に出していたのですが、その時の母から「相手と戦う前に自分の心に負けてどうするの」と言われたことで、弱音ははかずに一生懸命やろうという強い気持ちになりました。その試合で初めて入賞できたことがうれしく、また対戦相手にも感謝をすることの大切さにも気づき先生方からのアドバイスを、素直に受け入れて努力するきっかけにもなりました。
中学一年生の時、試合で(胴の防具無しの)ミドルコンタクトのクラスへ出場することになりました。多少の不安はありましたがいつも通り自分の組手スタイルでやろうと思っていました。結果は手も足も出せないまま、一回戦で負けてしまいました。試合後は痛さと情けない気持ちで一杯でしたが、ミドルコンタクトで、通用する様になるまで何度も挑戦しようとも思いました。とても悔しかったこの経験が今の自分につながっていると思います。



最初に昇段を意識したのは、茶帯一級になってからでした。先生から「いつ黒帯になるの」と聞かれたのがきっかけです。さっそく両親に相談したのですが、「まだ早いんじゃない」と言われ、当時中学三年生で受験ということもあり、高校に進学してから改めて昇段を目指すことにしました。
高校生になり、苦手だった型も、試合で入賞することができるようになり、それが自信になり、九月の一次(伝統技)審査を受けることになりました。必ず合格しようと、自分が納得いくまで練習して、合格することができました。二次(組手技)審査では、自分の組手が出来たと思います。
今まで空手を続けてこられたのは、空手の楽しさを教えてくれた先生、先輩方や道場の仲間がいてくれたからだと思います。そしていつも一番近くで応援してくれている家族がいたからだと思います。私はたくさんの人に支えられてきました。今度は私が自分の経験を活かして空手の楽しさを後輩に伝えていきたいです。そして、黒帯としての自覚を持ち、感謝の気持ちを忘れないように常に一生懸命な人でありたいと思います。これからも頑張りますのでよろしくお願いします。ありがとうございました。押忍



所属:十日市道場
入会年月日:2010年5月27日
昇段年月日:2017年12月3日
空手暦:7年8ヶ月
職業:高校1年生(昇段時)
小学3年生の時「強くなりたい」との思いで入会。コツコツと真面目に稽古を積み重ね順調に昇級。競技試合にも積極的に出場し、着実に実力を伸ばしてきました。高校受験で稽古に参加出来ない時期もありましたが、復帰後稽古を重ねて見事に合格。気合いいっぱいの稽古姿勢は良き後輩のお手本です。少年部の補助指導にも携わるなど、益々の成長を期待しています。

●何事にも一生懸命な人でありたい
「強くなりたい」と母に言ったのをきっかけにして、私が小学三年生の春に空手を始めてから七年がたちました。なぜ強くなりたいと言ったのかは覚えていませんが、強くなりたいならと母は道場に連れて来てくれました。楽しそうに稽古をしているみんなを見てすぐに入会を決めました。人見知りだった私ですが、先生や先輩が優しく接してくれたおかげで少しずつ打ち解けることができました。



真面目に稽古をしていましたが、飽き性の私は同じことを繰り返す基本稽古が嫌いでした。試合に出ても負けてばかりで、一時期空手に行きたくないと思うこともありました。気持ちに変化が現われたのは、小学五年生の時の春季交流試合でした。それまでも「負ける」という弱気な言葉を何度も口に出していたのですが、その時の母から「相手と戦う前に自分の心に負けてどうするの」と言われたことで、弱音ははかずに一生懸命やろうという強い気持ちになりました。その試合で初めて入賞できたことがうれしく、また対戦相手にも感謝をすることの大切さにも気づき先生方からのアドバイスを、素直に受け入れて努力するきっかけにもなりました。
中学一年生の時、試合で(胴の防具無しの)ミドルコンタクトのクラスへ出場することになりました。多少の不安はありましたがいつも通り自分の組手スタイルでやろうと思っていました。結果は手も足も出せないまま、一回戦で負けてしまいました。試合後は痛さと情けない気持ちで一杯でしたが、ミドルコンタクトで、通用する様になるまで何度も挑戦しようとも思いました。とても悔しかったこの経験が今の自分につながっていると思います。



最初に昇段を意識したのは、茶帯一級になってからでした。先生から「いつ黒帯になるの」と聞かれたのがきっかけです。さっそく両親に相談したのですが、「まだ早いんじゃない」と言われ、当時中学三年生で受験ということもあり、高校に進学してから改めて昇段を目指すことにしました。
高校生になり、苦手だった型も、試合で入賞することができるようになり、それが自信になり、九月の一次(伝統技)審査を受けることになりました。必ず合格しようと、自分が納得いくまで練習して、合格することができました。二次(組手技)審査では、自分の組手が出来たと思います。
今まで空手を続けてこられたのは、空手の楽しさを教えてくれた先生、先輩方や道場の仲間がいてくれたからだと思います。そしていつも一番近くで応援してくれている家族がいたからだと思います。私はたくさんの人に支えられてきました。今度は私が自分の経験を活かして空手の楽しさを後輩に伝えていきたいです。そして、黒帯としての自覚を持ち、感謝の気持ちを忘れないように常に一生懸命な人でありたいと思います。これからも頑張りますのでよろしくお願いします。ありがとうございました。押忍


