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復興に向けて

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Byblacksabbath1104


復興に向けて広がる支援の輪

7月7日未明、西日本を襲った未曽有の豪雨災害から2ヶ月。岡山、広島、愛媛など広範囲にわたり被害をもたらせた今回の豪雨。なかでも壊滅的な被害を受けたのが倉敷市真備町でした。道場では12名の生徒が被災し、今も不自由な生活を余儀なくされています。

●突如奪われた日常真備では11名が被災
『晴れの国おかやま』とよばれ自然災害とは無縁と思われた岡山を7月7日未明、未曽有の豪雨が襲いました。
岡山県のみならず広島、愛媛など広範囲にわたって甚大な被害をもたらせた今回の集中豪雨。死者220名、行方不明者10名、家の全半壊一万四千棟以上、浸水三万五千棟以上という平成最悪の事態となった西日本豪雨災害から間もなく2ケ月。
なかでも壊滅的な被害を受けたのは倉敷市真備町。町の三分の一、全世帯の半分以上が浸水被害を受け、51名の方が亡くなりました。
倉敷市や総社市のベッドタウンとして急速に人口が増えるのに伴い、2005年に浅口郡船穂町と共に倉敷市に編入され、益々の発展が期待された町を突如襲った集中豪雨。
当道場にも真備町在住の生徒がいますが、11名が被災しました。

7月6日(金)この日は朝から大雨警報が発令され、倉敷総社地区の小学校の多くが休校となっていました。そんな中、総社道場では、いつも通り稽古を行いました。それは普段と何ら変わることのないごく当たり前の風景でした。丁度その日は夏季審査会が終わった直後で「来週は審査発表だね。楽しみにしておこうね」などの会話を交わし、次回も当たり前のように稽古で会えると思って分かれた数時間後のことでした。
「地震かと思った」と岡山市内まで地鳴りが響いたという総社市のアルミ工場の爆発事故に続いて、未明豪雨による土砂崩れ、浸水が起こりました。
翌朝の中庄道場では道場近くが見たこともないような水量で行く手を阻み、一歩も近づくことが出来ず、稽古を中止することに。
ただならぬ事態にニュースに目を向けると、そこには目を疑うような光景が飛び込んできました。町の大半が泥水に浸かり、水没した自宅の屋根で救助を待つ人、樹木にしがみついて濁流を避ける人…。

総社市内、真備町の生徒に安否の確認を取ると、幸い全員無事でしたが、真備町に住む11名は皆、自宅浸水の被害に遭ったとのことでした。
数十年に一度という基準で発表される「大雨特別警報」の発令に伴い、避難したとのことで、命に別状はなかったものの自宅は二階まで浸水し空手用具は勿論のこと、学用品や家具、日用品、思い出の品などが泥水をかぶり、また住めるかは全く目途が立たないとのことでした。
多くは親類宅に身を寄せていましたが、中には一時、小学校の体育館での避難生活を余儀なくされた生徒もいます。
あれから2ヶ月。いまだに仮アパートや親類宅での生活を送る中、徐々に稽古に復帰する生徒も出てきました。「夏休みに入り、友達とも会えなくなるので、すこしでも気晴らしになれば」と保護者の方の話。

●岡山市内でも1名が
今回の災害での被害は浸水だけではありません。土砂崩れの被害に遭った生徒もいます。
中国からの留学生で、岡山大学で博士として働いている蒋(ジャン)君です。
それは突然のことだったそうです。岡山市北区津島の古い木造アパートで暮らすジャン君。早朝、猛烈な爆音と共に一気に土砂が押し寄せてきて、寸での所で、間一髪、屋外に飛び出して命拾いしたそうです。
もう数秒反応が遅かったら、ただでは済まなかったかも。空手のお陰で咄嗟に体が動きました」と身振り手振りを交えながら興奮気味に話していました。アパートは全壊し、跡形もなくなり、しばらくは大学の研究室に寝泊まりしたそうです。
被災した模様は地元中国のウェブサイトでも大きく報じられ、多くの方から励ましの言葉を受けたそうです。
つい先日、新しいアパートに引っ越しし、研究に、空手に多忙な毎日を送っています。

●一日も早い復興を
新学期に入りましたが、被災した子どもたちが通う学校は使用できず、倉敷市内の学校を間借りして学校生活が始まりました。
この度の豪雨で亡くなった方のご冥福をお祈りすると共に、一日も早い行方不明者の安否確認と被災地の復興を、そしてみんなに笑顔が戻る日を心よりお祈りいたします。


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